ピ~プル 立上げまで

2015年9月 精神疾患をもつ私(双極性障害Ⅱ型)と、その家族が手探りで立ち上げた

ピアサポートグループ(自助会)です。

ずっと地域で自助会を探していましたが、当時地域には精神疾患の自助会は全くありませんでした。

ないなら、自分たちで創ろう、と、試行錯誤しながら創った会です。

立上げの際、臨床心理士、主治医の、協力、支えをいただきました。

そして東京のいくつかの自助会に初めて参加をし、何か月間か通い続け、

そこでの自助会の主催者の方々や、そこに来ていた精神疾患をもつ方々から、

励まし、応援、をいただきました。

この会は、そうして、いろいろな方々に支えられながら始めた会です。



★よりそう会・ピ~プル館山 立上げの経緯★


この病になって最初の頃、子育てで必要があり、私は、病を周囲にオープンにしていました。

それでも、病に対する知らぬが故の偏見にあうことが多々あり、

助けを求めてもわかってもらえないという経験を重ねていった私は、深く絶望していきました。

疎外感を感じ、とても生きづらさを感じ、次第に私は病をもつことを周囲に隠していきました。

地域からも孤立していきました。自分らしさも失っていきました。

家族も地域から孤立していきました。家庭内でも、それぞれが孤独でした。


この時期がとても辛かったです。。。家族も。私も。

家族も私も、とても疲れ切っていきました。

家族間で行き違いも多くなり、次から次へと問題が起き、

それぞれがばらばらとなり、言い争いも増えていきました。

私のことをわかってほしい、という思いが常にあると同時に、

私さえ病気でなければ、私さえいなければ、という思いも常にありました。

家族の誰もが、それぞれに、孤独でした。

こどもも、夫も、それぞれの立場から、とても辛い思いをしました。

こどもも、夫も、私も、それぞれに、孤独で、気持ちの行き場がなく、

同じ目線で話せる人が全くいませんでした。


こんなことをずっと続けるわけにはいかない、この状態をどうにかしなければ、どうにかしたい。

どうすればよいのか、ずっと考えてきました。


その頃、自助会の存在を知り、地域で探しましたが、ありませんでした。

同じような生きづらさをもつ人たちと話がしたい。同じ目線で話がしたい。 

私たち家族が、自助会を必要としていました。ないなら、創ろう。決心しました。


主治医に立上げを相談したところ、その頃の私の状態は、まだ安定には程遠く、

立上げは見送りになりました。



それから私は自分の状態を安定させることに焦点をあてました。

私が長年拒んできたカウンセリングを受けようと決心したのは、この頃です。


私はカウンセリングを受けはじめました。

話を聴いてくれる人がいる。そのままの話を。命を救われた。孤立していた私たち家族が救われた。

やっと息ができる。私たちはこの土地にいてもいいんだ、

私たちは、私たちでいいんだ、とそう思えたこと、

その瞬間、こころ深く安心したことを、私は一生忘れません。


カウンセリングを通して、家族以外の、他者に、

臨床心理士という専門家に、自分の話をする、聴いてもらう、という経験。

また、その自分の話す言葉を、自分が聴くという経験も。

それは、私にとって本当に大切な経験でした。


家族である夫も、別々に、時に一緒に、カウンセリングを受け始めました。


カウンセリングを通し、話を聴いてもらう、話をする、という経験を重ねるうち、

私は、自分が、何をわかっていなかったのか、ということがわかりはじめました。

その中のひとつ、

私は、自分の病気を、本当の意味で受け入れていない、ということが、

次第にわかってきた、ということ。

・・・それがどんな影響を及ぼしていたのか、ということ。


それまで、私は自分の病を受け入れている、と思っていました。

でも、そうではなかった。

このことは、私にとって、とても受け入れがたいことでした。

なぜか。

それは、他でもないこの私の中に、この病に対する偏見があった、ということがわかったからです。

自分の病に対して、自分自身が偏見をもっていた。

とても耐えがたいことでした。

でも、私が偏見を持ち続け、自分の病を受け入れていなければ、誰が受け入れられるというのでしょう。

受け入れるしかない。

受け入れるもなにも、私は双極性障害をもっている。

ならば、それを生きるしかない。双極性障害をもつ、私を生きよう。そう決めました。


カウンセリングを通して、

私は、自分の病気を受け入れることをはじめました。

臨床心理士に支えられ、私は私の病を受け入れていきます。

家族も支えてくれました。


その作業は、自分自身で、そして、他者とともに、ということを、

私に教えてくれた、とても大切な経験でした。

自分の病気がどんなものなのかを、本等でも学んでいきました。

精神疾患という病が、双極性障害という病が、どういうものなのか知っていきました。

自分が失った時間、人生の大きさに、愕然としました。

その現実が大きな壁となり、私の前に立ちはだかりました。

それでも、引き返すことはできません。


これから、どうすればよいのか、ただただそれを考えていきました。


私の望みは、病をもちながらでも、家族と、大切な人たちと、仲良く生きていくこと。

私らしい人生を生きていくこと。 です。


臨床心理士に見守られながら、カウンセリングでの

気づきをもとに、その望みのため、練習、実践をしていきました。

多くの失敗もしました。

でも、私の望みを、私がやらなければ、誰がやるのでしょう。

目的を忘れないように。続けていきました。


長い間、自分らしさを失っていた私は、そうして、病を本当の意味で受け入れ始め、失敗もしながら、

自分らしく生きはじめることが、できてきました。

家族との関係も少しづつ変わっていきました。


症状は依然としてあるものの、まず、私の気持ちが楽になっていきました。

私が楽になるとどうなるか。家族も楽になっていきました。

症状は依然としてあることは変わりなくとも、家族との関係性が少しづつ、変わっていきました。


そうやって、実際に会の立上げの行動をするのに、約5年の月日が経ちます。

そうして、臨床心理士、主治医に、立上げの話をすると、応援の言葉をいただきました。


参考にするため、東京のいくつかの自助会に通い続けました。

そこで、当事者のひとたちが、死ぬ気でやっている姿に心打たれました。

私たちと同じように孤立し悩み苦しむ沢山の人たちに逢いました。

同じ目線で話せる人たちが、こんなにもいる。言葉にできない感情があふれてきました。


そして、そこで初めて、自分の、自分たちの辛かった経験が、

他の誰かの助けになる、互いに支えあうことができる、ということも経験しました。

それは、私にとって、思いがけないことでした。

そのことを教えてくれた、そこで出逢った、

1人の女性(その時彼女のお腹には赤ちゃんがいました。彼女は無事赤ちゃんを出産しました。)

は、今でも、互いの友情を育む、本当に大切な存在です。


そして、そこで、当事者である会の主催者の方々、

そこで出逢った当事者の方々に、応援の言葉をいただいたこと。

どんなに励みになったか。支えになったか。

その方々とも今でもおつきあいが続いていることは、とてもありがたいことです。


これらの経験は、私の、私たち家族の、生きる力となっています。


私のため、私たち家族のため、

そしてこの地域でも、

何かしらの生きづらさを抱える人たちの、

少しでも自分らしくいられる居場所を創りたい、との思いで、2015年会の立ち上げに至ります。

この家族の中で、精神疾患という診断を受けてから、会の立上げまで、約13年の月日が経っていました。


この会は、こうして、いろいろな人々に助けられながら、立ち上げた会です。

私たち家族と、他者とともに。創った会です。

そして、仲間と創っていく会でもあります。

私たちにとって、とても大切なものです。


目にみえない、何か大切なものを、信じる力を育んでいく、

私にとって、そんな場所でもあります。


*    *    *

ピアサポートグループは、互いに支えあう場所です。

同じような思いを抱えている人たちが集まり、

守秘義務と共感のもと、「私」を主語にして、

自分のこころの近くを思い切って話します。そして聴きます。


この会は、私たち家族が、必要としていたものです。

私のため、私たち家族のために、立ち上げた会です。

仲間と出逢い、私の居場所と実感し、様々な経験を重ね、

私のため、家族のためになっています。


互いに支えあう、ピアサポート。

そこから、症状は依然としてあっても、何かが楽になっていく、

発見がある。支えあっている。生きていこうと思う。

この経験は、私にとって、宝です。

仲間の存在、それはかけがえのないものです。


*   *   *


★私たちにとってのカウンセリングとは★


会を立ち上げてからも、カウンセリングを通じ、多くの気づきがありました。

その一つが、症状と、本来の自分自身を分ける、ということの気づきでした。

そして、私は、私なりに、症状と、自分自身を、分けることの練習をし始めました。

練習を通して、症状は症状。自分自身とは別だということを少しづつ、学んでいきました。

私にとって、カウンセリングを受けるということは、自分自身で、

他者、臨床心理士という専門家とともに、

対話を通して、自分自身にとって大切なことに気づくいていく、

実践していく、自分の中にある力を信じる手助けをしてもらえる、とても大切なものです。

カウンセリングを受けはじめてから、私は、他者との信頼関係を築いていくことを

もう一度、はじめることができた、そう実感しています。

そして、日々、他者との関係性の中で、自分らしさって?

と自身に日々問いかけていける、そんな力も授かったように思います。


また、家族である夫も、カウンセリングを通じ、多くの気づきがありました。

家族は家族なりの苦労があります。病気をもつ者とはまた別の、大変な苦労です。

今まで、誰にも話せなかったこと、わかってもらえなかったことを、

家族間では行き止まりになっていたことを、

話し、聴いてもらう、という経験を重ね、家族である夫も、自分自身で、

他者とともに、臨床心理士という専門家とともに、自分を、人生を、取り戻していきました。


そうして、私たちは、他者とともに、自分たち自身で、

自分たちなりの、自分たちらしい人生を歩んでいくことができはじめました。


病気を抱える前の、昔の自分たちに戻るのでは決してなく、

私たちが気づかなかった、自分たちの中にあったものを、

カウンセリングを通し、引き出してもらった、

私たちの力を信じてもらえた、これからの私たちなりの、

私たちらしい人生を送る手助けをしてもらえた。

それは、私たちにとって命を救われたと同じです。そう思っています。


その経験を通し、私たちなりの気づきを大切にし、今も、人生を送る中で、

起こることに対し、人との関係性の中で、

私たちなりに、それぞれが、知恵を絞り、工夫をし、行動し、

そして、他者に助けられながら、生きています。


今でも、ふと道に迷った時、全力を尽くしてもわからなくなった時、つまづいた時、

私たちには、話せる所がある、話を聴いてくれる人が居る、

私たちを信頼してくれている人が居る、そう思えること。

このことは、私たちにとって、生きていく力となっているのです。


*   *   *

 

1人の双極性障害をもつ私という人間は、障害独自の生きづらさを抱えている、それも事実です。

でも、今、これを読んでくださっている

貴方と同じように、

こころで感じることがあり、すきなこともあり、腹が立つこともあり、

喜怒哀楽が相応にある。

精神障害をもっていても、人として、何ら変わりはありません。


これを読んでくださっている貴方に。

精神障害をもっていても、人間であるということ。

その人が病をもつことを貴方に打ち明けたら、それは本当に勇気のいることなんですね、

その家族も、貴方に打ち明けたら、それも本当に勇気のいることなんです。

わからなければ、その目の前のその病をもつ人に、疾患のことを、

そしてその家族には、病をもつ人の家族でいることとは、と聴いてみてください。

貴方に打ち明けたことを、大切にしてもらったら、とてもうれしいのです。


社会でこの病に対する偏見が少しでも減り、

そして、病をもつ人の中にも、もし自分の中に病に対する偏見があるのなら、

家族にもあるのなら、それが少しでも減り、変わっていくこと、

互いに支えあっていける日々になりますよう、私は願って止みません。


これを読んでくださった、貴方のこころのどこか片隅にでも、

置いてくださったのなら、とても光栄なことです。


*    *    *


苦しみを独りで、家族で、抱え込まず、

仲間(病をもつ、もたない関係なく、何かしらの生きづらさを抱える人々)

と話をすることで、ともにいることで、

病は、生きづらさは、なくならなくとも、気持ちが少しづつ、楽になっていきますように。


病をもつ、もたない、関係なく。

何かしらの生きづらさを抱える=当事者として。仲間として。

お互いに違った個性をもつ、人として。

みんな違って、みんなで一緒に。


仲間の存在は、本当に計り知れません。


みんなが、安心して、自分らしくいられる居場所づくりを大切に、

これからも、仲間と一緒に続けてまいります。


ご参加、こころよりお待ちしております。



どうぞよろしくお願いします。